絵を始めた頃
小学校の二年生の時、上野動物園で写生大会があり、ライオンの家族を描いて賞状をもらったことがあった。それで気を良くしたのか、小さいころから絵を描くのが好きだった。いつの間にか、毎日、漫画を読み、毎日、漫画のまねを描くようになっていた。ノートや教科書はいたずら書きで黒くなり、机の上も漫画でいっぱいだった。当時好きだった漫画家は、デイズニーや手塚治虫、山川惣治で、連載の月刊少年雑誌が待ちきれず、発行時にどこの本屋さんが早いか隣町まで出かけたほどだ。
撮影:執行季信 漠然と絵描きになりたいと思ったのは、中学生のころからと記憶する。当時の美術の教科書の中では、ルオーやユトリロそしてクールベなどに心が躍った。水彩にはない油絵具のこってりした感じがとても魅力的だったのだろう。高二のころからよく授業をサボっては東京駅の前にあるブリジストン美術館へ足を運んだ。あのころは30円で入館できたと思う。ひっそりとした館内で、レンブラントやロダン、日本人作家では黒田清輝、青木繁などを良く見た。
高二の夏休みに油絵の道具を買ってもらい、友人と伊豆の戸田へ写生に行った。浜辺には松があり、遠くに富士の見えるなんとも風光明媚な場所だったけれど、港が面白く、漁船を描いたことを覚えている。
そんなことがきっかけで、受験のために近くの研究所に通い始めた。不思議な石膏群や、初めて見るヌードにびっくりしたのを懐かしく思い出す。
撮影:秋山庄太郎 通い始めた研究所の雰囲気は、うぶな高二の学生には刺激がありすぎた。普段は石膏デッサンで静かな時間をすごすのだが、土曜の夜はモデルが来る。絵描きのプロからアマチュアそして美大の浪人生が集まりクロッキーや油絵を描いた。裸のモデルとタバコの煙、ストーブの熱さも手伝って、共同で絵を描く一種異様な熱気になっていた。
モデルの時間が終わると常連の人たちに連れられ近くの喫茶店に行くのが常だった。今日の研究所の話から始まり、女性の話し、芸術論など色々な話題が回った。新米の高校生は何か話したいのだが、彼らの話にまったくついていけず、自分のボキャブラリーの無さに情けない思いを感じながら、片隅で珈琲を飲んで黙って聞くだけだった。
今まで経験したことのない芸術の世界の妖しさと魅力を垣間見せてもらい、自分の中で小さな火がついたように思った。

